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しんぷるん。

難病(潰瘍性大腸炎)と障害(双極性障害)を抱えながらシンプルに人生を楽しんでる画家です

アクセサリー的な恋愛観は捨てろ。

お疲れ様です。

モリですよ。

 

今日は恋愛の話。

リアルの友人の話やらネットをぼんやり見ていて思ったんですが。

 

恋人をアクセサリー感覚で付き合うのはやめましょう

誰かと付き合ったりしてる人の話を聞いて

『○○くん(ちゃん)のこういうところが尊敬出来るから好き(だから付き合っている)』

 

とか

 

もっと砕けていうと

○○ちゃん(くん)のこういうところが好き(だから付き合っている)

 

 

 

素晴らしい理由だと思うんです。

いいことだと思うんです。

 

 

でも

 

 

『それが無くなったとき、あなたはその人の事をそれでも愛せますか?』

 

 

って聞きたくなります。脊髄反射的に聞きたくなるレベルで聞きたくなります。

 

 

例えば『運動が出来るから好き』『考え方が尊敬出来るから好き』等

 

 

じゃあ逆に『その人が怪我をして運動をもうすることが一生満足に出来なくなったとき、どうしますか?愛せますか?』

 

『その人の考え方が変わったり、例えば精神疾患に陥ったりして尊敬出来る考え方が出来なくなったとき、どうしますか?愛せますか?』

 

 

聞きたくなります。

 

 

機械でも故障するんですから、人間なんてもっとコロコロ変わったり、出来なくなったりするんですよ。

 

 

それでも愛せますか?

 

 

きっと二人の世界だからネットとかで呟いてるような事以上に沢山好きなところとかあったりするのも分かるけど。

 

 

なんか、、正直、その一番好きな部分が無くなった時、どうするのかなぁと考える自分がいて、そう考えると本当にうすっぺらいですよね。

 

アクセサリーを選んでいるようです。

 

 自分の経験から感じた事

私の恋人は世間一般でいうハイステータスです。(そこそこですよ)

でも付き合いはじめて数回目で相手に言ったんですが

 

 

『例えニートだったとしても好きになってたわ』

 

 

と。

この人だったら別にお金が無くなっても、他に何か無くなっても何かやっていけそうと思ったんですよね。

今まで自分自身もない感覚でした。

他にもかつて一般的にいうハイステータスの人と付き合った事あるんですがね。

今考えるとそのハイステータスの部分しか見ていませんでした。正直。

 

 

恋人の尊敬できるところもいっぱいあるけど、

『○○があるから好き』ってのは全く無くて。

 

寧ろ欠点の方が多いし、何回もそれで説教してるし。

 

でも好きなんです。

もしかすると、恋人に障害があるかもって疑惑が出てるので多分最近のそういう話に敏感なのかもしれないけど。

 

仮にあったとしても、『そうか』って感じで、大したことではないんですよね。

精一杯ケアはしますけどね。

 

受け入れるかは別として理解してほしい

最近浅い恋愛しか見てない気がして。

その人の何かが変わったら好きじゃなくなって、他の人に目が行ったりする人が多い気がして。

まぁ、それはそれでいいと思うんです。その程度だったんだし、次もその程度の方を見つければいいんだし。

 

恋人が好きな自分に浸ってる人が多いんですよね。きっと。

それでも恋愛に定義なんてないし、本当にそれがいいなら『どうぞ』としか言えないけど。

 

 

と思いました。

まぁ、かつて自分がそういう所(頭がいい人が好き!とか)があったので言える話なんですけどね。

 

だからこそ、このブログ見た人が『今愛している人をもっとよく見て愛して欲しいな』って思って書きました。

 

 

 内面性をよく見て、その『○○なところが好き』ってアクセサリーと比べて、アクセサリーが無くなった時をもっと考えた方がいいですよ。

そういう人とは相手もそういう風にしか見てないかもしれませんしね。

 

 

もしかしたらそのアクセサリーが恋愛の足枷になってるかも知れませんよ。

 

 

 

 

ここまで読んでくれてありがとう。

ではの。